吉田松陰の格言・名言
2022/01/19
江戸時代末期の武士で明治維新の精神的指導者・理論者。松下村塾では、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義などの面々を教育する。29歳の時に幕府に暗殺計画を自供し斬首刑に処された。吉田松陰の遺骸は、東京都世田谷区にある松陰神社に葬られている。
辞世の句は
弟子宛が「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
家族宛が「親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとずれ 何ときくらん」
生:1830年9月20日
没:1859年11月21日(享年29歳)
吉田松陰の格言・名言
夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。
だいたいにおいて世間の毀誉(悪口と称賛)というものは、あてにならぬものである。
大器をつくるには、いそぐべからずこと。
学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。
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小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。死生は度外に置くべし。世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。心懐爽快ならば人間やつれることはない。
決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい。
世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。
学問をする眼目は、自己を磨き自己を確立することにある。
成功するせぬは、もとより問うところではない。それによって世から謗されようと褒められようと、自分に関することではない。自分は志を持つ。志士の尊ぶところは何であろう。心を高く清らかにそびえさせて、自ら成すことではないか。
賞誉されて忠孝に励む人は珍しくない。責罰されてもなお忠孝を尽す人物こそ、真の忠臣孝子である。武士たるものが覚悟すべきこと、実にこの一点にある。
親思う心にまさる親心。
満開となれば、やがて花は落ちる。太陽は南中すれば、やがて陰りはじめる。人は壮年を迎えれば、やがて老いていく。百年の間、必死で勉強すべきであり、ゆったりとくつろぐ暇などない。
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